夢のまた夢(ゼロ)

 2004-11-07
今日は将棋の中部学生個人戦に参加。
でもホントは高校の文化祭行きたかった。
でもそうできない理由があった。
「個人戦の記録って2年の時のベスト8だけじゃない?」痛烈なこの一言から最後の聖戦と位置づけ用意を進めていたから。
僕はこれをある種使命のように感じ望むべき結果を信じた。
しかし、そうそう寛大ではなかった。各4人の予選リーグで初戦が愛工の瀧本氏。
かつて、あおい氏をして「まったく勝つ気せーへん」と言わせる相手。
たとえ戦力で劣るとしても「意志が敗れたならば世界はすべては崩壊する」の言葉を支えに勝つ意志前提で対局に臨んだ。

僕の先手で相矢倉模様の序盤に瀧本氏の引き角から歩の7筋交換。
後手矢倉の出現率の高い作戦だから念を入れて棋譜を用意していたが、互いに囲いが未完成の差異。
仕方なく類似の部分を類推適用し対応。しかし、やや苦戦となる。

「形勢の悪い時は局面を複雑に」の羽生先生の言葉を支えに無理せず含みのある手を続け、難しい局面に。

そして、互いに秒に追われての最終盤、好機を得るも決め手を読み切れず、174手で投了。
局後に中盤でも好機があったと指摘。最後の好機は瀧本氏や米山氏その他大勢に逆転の形勢と指摘。

まけまけ同士で2局目、後手の鵜飼氏(岐阜大)に脇システムで対抗。
またも囲う前に方針が明らかにされ、角交換されてから僕は片矢倉に。
執拗に飛車を狙って角を自陣に打つので計略を用いて5手得の利を得る。
そして右四間から理想的な攻めが実現し終局。

昼食なしで1時位から1-1同士で3局目、先手の小野田氏(静大)の三間飛車に向かい飛車で対抗。
内心わくわく、してました。
駒組みも内容も思惑通り順調に進む。
途中矢倉にするのか銀冠にするのか思い出せず、矢倉っぽくした。失敗だった。
趣向の戦型では銀冠しかないことを後で確認した。
その後、読んでる3手先の手を指してしまい普通に銀損。銀桂交換の線も考えたが悪い。
そのまま、ショボン。

最期が予選落ち、ぽよ。
高校の時も最期に無名の1年に負けて1回戦負けだった、ぽよ。
終局的な勝利者への道は険しい。
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